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松江地方裁判所 昭和43年(ヨ)40号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕民法第六二三条によれば、雇傭は労働者の労務提供義務と使用者のこれに対する報酬支払を対価とする双務契約とされ、同法第六二五条によれば使用者の第三者への権利譲渡、労働者の第三者による労務提供についてはいずれも相手方の承諾を要する旨規定されている。右の規定から考えると使用者が労働者の労働力を業務目的のために利用処分する権能は、当該労働者との契約により初めて取得するものであり、この契約関係を離れて労働力を処分利用できる使用者の固有権限は存しないものと云わなければならない。このような雇傭契約の特質に鑑みれば、労働者は別段の特約がない限り当該使用者の指揮命令下において当該使用者のためにのみ労務提供の義務を負担し、使用者が労働者に求め得るところも自己の指揮命令下に自己のためにする労務の給付に止るものと解するのが相当である。従つて使用者は例え業務上の必要があつても個別的労働契約に際し明示した労働条件の範囲を超えて当該労働者の労働力の自由専恣な使用は許されず、当該労働者の承諾その他これを法律上正当づける特段の根拠なくして当該労働者を第三者のために第三者の指揮下において労務に服させることは許されないものと解するのが相当である。これを本件についてみるに、申請人景山は本件出向命令を拒絶しているのであるから、本人の承諾がないことは明らかである。

そこで次に本件出向を「法律上正当づける特段の根拠」として新協約第二〇条を検討する。

前記認定のとおり被申請人には昭和二六、七年頃より傍系会社への出向制度が存在し、同四〇年一二月に改訂された新協約はこの社内慣行を明文化したものである。その第一項には「所属、職場、職種の変更または関係会社への出向」の命令権限を明記しているのであるから被申請人に傍系会社への出向命令権限があることは明らかである。そして第二項は、「前項の場合、会社は本人の意向も尊重して決定する。」と規定し「所属、職場、職種」の変更という同一の使用者の下における社内人事異動と「関係会社への出向」という本来の使用者と異なる使用者(もつとも関係会社という点からみれば全く無関係な使用者とは云えない面もあるが、関係会社といつても資本的提携があるのみで労働者側から見れば全く別の使用者と考えられる。)の下への人事異動とを同列に取扱つている。

ところで近年産業界の企業再編成、企業合理化の進行に伴ない企業の多角的経営、企業間の業務提携が多く行なわれることになり、これについて人事異動も単なる社内異動の埒を越え、広域かつ系列化している。このような出向人事は出向元を定年限職した社員の第二の就職口確保という形態のものもあるが、通常は傍系会社の経営の立直し(生産、販売、金融、人事等の管理)というかなり重要な使命を帯びて行なわれることが多くこの場合将来出向元会社へ復帰できるとしても、復帰の際に出向先での成績不良を理由に昇進が遅らされるとか、責任を問われてつめ腹を切らされるとかいつた事態もないわけでなく、また終身雇傭制のもとでは出向労働者が冷遇されることも充分予想できるところである。従つて労働協約で労働者を当然に拘束しうる出向制度を一般的に設定しており、出向が労働者にいちじるしい負担の増加や労働条件の低下を伴わない場合でも、当該出向命令が正当な理由に基づかない場合は人事権の濫用と解するのが相当であり、前記新協約二〇条第二項の「本人の意向も尊重して行なう」は当然の事理を表明したものというべきである。これを本件についてみるに申請人景山に対する本件出向命令には前記のとおり業務上の必要性があり、申請人景山に経済的な不利益を与えるものでもないが、一般に更正タイヤ業界の将来に不安があり、島根ビーエスにとつては生産性が悪く、低率の利潤しか上らず、企業にとつて既に重荷となつている零細工場に出向し、これが再建を命ぜられたことにつき危虞の念を抱き、この出向が将来自己にさまざまの不利益をもたらすのではないかとの不安を持つた申請人景山に対し、出向期間、出向元である被申請人への復帰保証等につき何等明確な示唆も与えず、前記のとおり、業務上の必要性のみ説いて出向命令を強行したことは、人事権の正当な行使とはいいがたいものといわなければならない(この点につき竹内労務部長はその陳述書(疎乙第一二三号証)において事業の方針を決定するのは経営者であつて仮にその方針が結果として誤つていたとしても、その責任は経営者がとるべきで、出向を命ぜられた者にはなんらの責任が無いから仮に出向先の仕事が見込みのないものであつても、それは出向拒否の理由にならない旨陳述しているが、出向は労働者に対し前記のような有形無形の精神的、経済的不安を招来するものであるから、使用者としてはこの不安を除去するため万全を尽すべきであり、業務上の必要があるからといつて出向命令を強行することは人事権を正当に行使したことにはならないと解するを相当とする。)。

従つて本件出向命令に従わないことを理由とする本件懲戒解雇は懲戒解雇権の濫用として無効なものというべきである。

(元吉麗子 野間洋之助 今井俊介)

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